市場変化に伴い品質保証業務が直面している問題点や課題を抽出し、品質保証業務の目指すべき姿を示すとともに、課題解決を支援する日本IBMのソリューションについて紹介する。保守に関する情報や障害・修復に関するデータをグローバルにリアルタイムに監視・解析し、世界中のどこかで発生した障害データを過去情報を含めて、知見として生かすことが重要。そのために品質保証に関する情報の集約や機能の統合をどうすべきなのか。一方で変更への対応力や柔軟性なども問われている。
一言に品質といっても領域はさまざま。同社では9つに分けてソリューションを定義するとともに、目標効果をKPI(重要業績評価指標)として定義している。KPIには顧客満足度の向上やブランドの向上、リコール件数の削減、ワランティ費などの低減などがあり、それらを通じて、品質競争力を高め、ブランドイメージの保持・向上、品質対策コストの最小化などを実現し、品質経営を達成することを提唱している。
今回のセミナーでは9つの領域のうち、製品投入後の市場品質に焦点を当てる。まずは「品質のランドスケープ」。サプライチェーン、パートナー、外部組織など、多くの人たちが関わり、複雑なランドスケープをなしている。構成要素としては「設計開発品質」、「サプライヤー品質」、設計通りに物を作る「製造品質」、市場投入後の「サービス品質やワランティ」がある。「森」に例えると、サプライヤー側に住んでいる人たちと、サービス側に住んでいる人たちがいて、「品質」と言っても、それぞれ考え方や視点は必ずしも一致しないことが多い。しかし、製品・サービスは一つであり、異なる環境の中でいかに共通のゴールに向かって品質を高めていくかが問われている。
自動車業界を例に「品質問題によるビジネスインパクトの拡大要因」について考察したい。品質領域へのビジネスインパクトでは、グローバル展開に伴う世界戦略車の投入が挙げられる。一つのモデルを全世界に売ることで、不具合があったときにビジネスインパクトが全世界に波及するのが現状。部品の共有化の割合も高まっていて、同様にビジネスインパクトに効いてくる。製品の寿命が伸びていることも見逃せず、かつては6年だったが、いまは13年程度と過去の2倍以上といった状況だ。加えて、自動車の機能をつかさどる部品は電子化が進み、目に見えるメカニカルな世界の品質問題に比べ、目に見えにくい世界の問題が増加傾向にある。
インターネットの普及に伴って口コミ情報が及ぼす影響も大きくなっている。新車購入者アンケートによると、新車購入時、インターネットの口コミ情報を購入判断に利用したと答えた人が全体の約70%以上に達した。「ツイッター」などのソーシャル(参加交流型)メディアの影響で、品質問題が瞬く間に広がり、購買行動に大きく影響する時代となっている。苦情の中身はさまざまだが、製品の不具合に起因する重大な指摘もある。これを見逃すと、のちのち経営に深刻な打撃を及ぼす大規模リコールに発展するリスクもある。
製品が市場に出回ってからの品質保証では脅威が目の前に迫ってきてからでは手遅れである。素早い対応でいかに出血(損失)を最小限に抑えるか、すなわち「早期発見・早期解決」が製造業における品質保証の最重要課題となっている。
自動車業界の場合、不具合の初報からリコール届け出までに平均15-20カ月を費やしていることが国土交通省の調査でも明らかになっている。一方で自動車各社が年間負担しているワランティの総額は1社当たり500億円以上とも言われている。
大手は3000億円という報告もあり、とある海外メーカーでは「1日対策が遅れると、1億円がコストとして流れてしまう」という。
悩ましいのは不具合発生までの期間が長期化する傾向にあること。新製品を投入して、不具合を起こすまでの期間は約4年後。設計担当者がいなくなっていることも少なくない。また「設計の不具合の割合が高くなってきている」との指摘もある。設計変更を伴う不具合の場合、一刻も早い対策が必要だ。「問題発見から対策を打つまでの期間を2週間早めることで年間50億円削減できる」という試算もある。自動車業界のみならず、市場のグローバル化を加速する日本の製造各社にとっても対岸の火事ではない。
品質問題への対処では情報収集能力もさることながら、「業務リードタイムとの戦い」であることを認識すべきだ。膨大な情報を峻別・分析し、そこに高度な解析を加えて問題を突き止める。さらにそれに関わっている人たちに伝え、対処する組織間の連携能力まで、的確な対策をいかに早く提供できるかが問われている。とはいえ、対象とする市場が新興国などの場合、情報を収集する手段が確立されていないこともあり、シナリオ通りには事は進まないのも現実だ。
品質問題のインパクト構造は「販売車の生産台数」、「問題発見に要した時間」、「対策を打つまでに要した時間」の掛け算で決まる。販売台数を減らす策はあり得ず、要は問題発見に要した時間と、対策を打つまでに要した時間をいかに縮めるかが重要なことは自明だ。「問題発見に要した時間」と「対策を打つまでに要した時間」との比較では、後者は「かなり改善が進んでいる」と回答企業が増えているが、前者は「苦労している」と回答する企業が多い。
次にグローバル品質保証業務のあるべき姿と将来像について紹介する。IBMの中では「クオリティ・インサイト」という考え方があり、市場品質管理の業務サイクルを定義している。品質管理の方針と評価の指標に始まり、それに基づいて管理資料をブレークダウンして各工程でどうみていくか。さらに重要問題を検知して共有し、問題の評価と対策費用などの意思決定を迅速化する。サプライヤーや社内の各部署とのコラボレーションによって対策を打ち、改善状況の確認も行う。こうした業務サイクルを愚直にしっかりと回していくことで早期発見・早期解決が実現できる。
「グローバル品質保証の将来像」は、そもそも品質問題が多岐にわたるがゆえに全体像がとらえにくい。欧米では「最高品質責任者(CQO)」と呼ぶ、役職を定義している会社もある。日本はまだだが、これから必要になってくる。なぜならば、現状のままでは情報連携がなかなか進まない。もとより海外の状況も見えず、トップダウンでの改革が必須となるためだ。こうした場合、一部の情報だけでは判断すると見誤るリスクがあり、さまざまな角度から製品・サービスをとらえることがますます重要になってくる。
世界各国で日々起きている問題を可視化し、迅速な意思決定につなげるには「グローバル品質コックピット」のようなものが必要となる。
市場品質対応力をプロセスからみたのが下図になる(製造業における市場品質対応プロセス)。不具合の発生から対策完了までのやりとりは複雑であり、大量の情報を人手でみて、同一・類似案件を整理するのは至難の業だ。上がってくる情報は日本語だけではないし、現場は文章だけで伝えられても状況が分からない。適切な対策を進めるには社外のサプライヤーやパートナーとの協業も必要だが、セキュリティー問題もあり、情報共有は難しい。結果として、多くの人が関わっているがゆえに、複雑化したプロセスの中で対処すべき課題が滞留してしまうのが常だ。
これらの問題解決をITで支援する。これを下支えすべき取り組みテーマを整理すると、(1)グローバル/サプライヤー対応(2)強固かつ柔軟な情報基盤(3)新たな業務支援機能となる。
ここでは大手自動車メーカーを想定し、市場品質対応プロセスのあり方を説明する。品質保証部と設計開発部とのやりとりを図に示すと、1本の線でしかない。しかし実際のプロセスは1本の線ではなく、複雑で入り込んでいるのが実情だ。以降に示すモデルケースは一見すると、個別対応がうまくいっているようにみえるが、果たして成功した事例なのか否かについて、順を追って考察したい。
「××年式でアイドリングが安定しない」という報告を受けた品質保証部担当者から設計開発部へ情報を共有すると、その情報への質問がメールや電話で返ってきて、さらにその回答を得るための方法を専門家に訊ね、そのアドバイスに従いサプライヤーへ問い合わせると、さらに2次サプライヤーへと問い合わせが広がり・・・ といったように、さまざまなやりとりが必要となる。販売会社、関連事業部、サプライヤー、海外部門など、品質対応業務に関わる関係者も多く、効率化が急がれていた。
対策はコラボレーションツールの導入。成果はウェブによる会議で情報共有の効率化。電話もチャット化して、後で活用できるように記録し、情報共有の流れがよくなり、やりとりもしやすくなった。
「あのときの文書はどこにだっけ?」「品質報告書が2つあり、どっちが最新版?」などの問題は各部門で発生していた。
対策はコンテンツ管理ツールの導入。成果は文書の一元管理により、欲しい情報が検索でき、文書といっしょに音声や動画もファイルとして保存できるようになったこと。管理文書の版管理も自動化され、混乱はなくなった。
マネージャーが業務全体を把握しようとしても、どこでどうなっているか見えていなかった。
対策はワークフローやビジネスプロセス管理システムの導入。 成果は申請・承認機能や業務シミュレーション、進捗モニタリングの仕組みなどによって、業務が見える化できた。
三つ課題への対策はそれぞれ成果を確認できたが、「本当にこれでよかったのか」については考えるべき点がある。まず「マネージメントの観点」でみると、システムが乱立し、現在進行中の不具合対応の進捗を知るためには、三つのシステムにアクセスしなければならず、タイムリーに把握できない。「ナレッジ再利用の観点」でも同様だ。過去の不具合対応の詳しい情報を知るためにはやはり三つのシステムにアクセスしなければならず、しかも情報が関係付けられていないからうまく探せない。
また「グローバル化の課題」としてはシステムの乱立に加え、多言語対応ができていないといった課題も生じた。つまりはうまくいったかに見えていた三つの対策はじつは失敗だったことが分かる。
品質対策プロセスの課題を整理すると、まず、関係者が多いためにコラボレーションが複雑化してしまうことが挙げられる。さらにパターン化できない業務のため、運用標準化やシステム化が難しく、ナレッジの蓄積と再利用ができず、業務の属人化も課題となってしまう傾向にある。
前者は、ある程度はコラボレーションツールで解決でき、後者は、文書や画像・音声といった情報に限れば、コンテンツ管理システムで解決できる。運用標準化が難しいという課題も、定型業務部分に限っていえば、ワークフローやビジネスプロセス管理の概念でシステム化は可能だ。しかし、この三つが統合されていなければ、結局、使い勝手の悪い、逆に業務効率を下げてしまうシステムができあがってしまう。これが、前述例の失敗の要因である。
ではこうした課題にどう対処すればよいのか。IBMではワークフローの処理に必要な情報を「ケース」単位で管理する考え方を提唱している。ワークフロー、コンテンツ管理、コラボレーションの三つをシームレスにつなぐ「アドバンスト・ケース・マネージメント(ACM=先進ケース管理)」がそれだ。
ACMとは定型業務のワークフロー管理に加え、業務処理に必要なコンテンツ管理やダイナミックに発生する非定型業務を統合管理し、関連するあらゆる情報を分析し可視化する。文書・画像・音声・Web会議の内容・チャットの会話・ワークフローの承認情報・アドホックに発生するタスクの詳細情報やステータスなど、業務プロセスの「ひとつのケース」に関するすべての情報が集約された画面を見ながら、各ユーザーは業務をすすめられる。
例えば、不具合部品の画像ファイルを関係者間で共有したとき、どこが不具合部分なのか、きちんと情報を伝え切れていないために、メールや電話でやりとりするようなことがある。ACMならば、画像の上に矢印などの付箋をつけたり、動画や音声を使ったりと、ビジュアルな情報共有が可能だ。また、ワークフローやビジネスプロセス管理システムでは把握できない、アドホックに発生するタスクなどの進捗をエクセルシートで管理するようなことがある。
ACMならば、ユーザー自らタスクを起こして実行できるため、非定型業務も含めた進捗状況のモニタリングができ、滞留も分かる。自動的に蓄積されたケースの関連情報を、テキストマイニングを使って分析することもできる。その結果から、新しい知見を得て、さらなる業務改善のアクションを検討することも可能だ。ACMを提供できるのは業界で唯一、IBMだけだ。
ACMを用いて、品質対策プロセスの課題を解くと、まず「業務効率の観点」では、関係者が多くてプロセスが複雑化しても効率的な情報共有ができ、非定型業務も各担当者のTO―DO(やらなければいけないこと)を明確化できる。「ナレッジの再利用の観点」では、過去のケースに関連するすべての情報が検索可能となり、特別なノウハウも不要になり、属人化を回避できる。
「マネージメントの観点」では、モニタリングツールを使って、非定型業務を含めた業務プロセス全体の監視を実現。蓄積されたテキスト情報のマイニングも可能となり、傾向分析から改善アクションへとシフト。「ひとつのケース」に関するすべての情報をすべての関係者で共有するビジネスプロセス管理を実現できるから、各観点での課題を解決できる。
早期発見・早期解決に向けて、必要なことは下図に示した業務サイクルを驚くほど早く回すことだ。「驚くほど早く見つける」。「驚くほど早く直す」。また、長期・複雑な業務プロセス全体の継続的な改善を図るには、日々の活動の業務パフォーマンスをしっかりと把握する仕組みが必要不可欠となる。品質マネージメントプロセスにおける「KPI設定」については、品質プロセス上の目標を達成するための各施策の因果関係を検討した上で、施策・活動を評価する指標を設定し、品質ダッシュボードの要件として実際の業務の試行運用に活用する。適切なKPI設定により、目標未達案件の改善化。責任と原因の所在を明らかにする。数字が分かれば対策が打てる。
最後に「製造業における品質管理の今後の方向性」を示したい。品質管理のあるべき姿は、これまでは「故障してから直す」というリアクティブな要素が多く、管理の仕方も品質をマスで捕らえる方法が主体で、それによって、顧客満足品質を追求してきた。しかし、今後は「予防保全」つまり「故障する前に直す」プロアクティブな取り組みや、「マスからパーソナルへ」といった品質軸にした新たなサービスが生まれてくるであろう。これは「プロアクティブな品質サービス」への変革を意味する。新たな情報源の活用、新たな解析技術の適用によって、その変革を実現し、最終的に顧客感動品質へとステップアップすることができると考える。欧米では「エンタープライズ・クオリティ・マネージメント・システム(EQMS)」と呼ばれる領域が徐々に定義されつつある。EQMSのゴールは、お客様目線によって、360度で製品・サービスの品質を徹底的に管理・向上させることにある。 品質がこれまで以上に、企業のブランドイメージを牽引し、競争力の源泉となる時代だ。